第3回

歩荷(ぼっか)という

ヘビーウェイトなお仕事

「Mt.Akimoの
山になりたい」 とは

 “職業・山屋”を自称し、山に関わるあらゆる仕事に貪欲に突っ込んで行っては山を「浴びる」かのような生活をおくる、 山を愛しすぎた若き現代の岳人Akimo氏。インターネットでコアな人気を誇る彼の、奇特すぎる人生哲学を追う魅惑の(誰得な)コーナー。
 ちなみに表題は彼の口癖。(※その真意は第1回記事で語られている)


ゲスト:Akimo

登って働く山岳フリーランス。
自称「職業:山屋」。
歩荷、動植物調査、山岳パトロール、撮影サポート、ロープ作業、登山道整備、山小屋、狩猟など、山に関わる無数の仕事に従事している。
山になりたいらしい。

インタビュー:まだら牛

Akimoさんの友人。
雑誌『ヤクのあしあと』の編集。
インドア趣味と登山の文化的橋渡しをテーマに活動するオタク。


 今回より、Akimoさんが山で関わっている様々な仕事のひとつひとつにフォーカスし、その仕事について自由に語ってもらおうと思う。 今回のテーマは「歩荷」。簡単に言えば、山で荷物を背負い、運ぶ仕事だ。 「強力(ごうりき)」などとも呼ばれることがある、山の仕事の中でもっとも原始的かつ、山の文化・歴史と切っても切れない重要なウェイトを占める歩荷について、彼の体験を中心に語ってもらった。

――歩荷という職業をやろうとしたキッカケみたいなものってあるんですか?

Akimo 

 あー……実は、「仕事として歩荷をやろう!」って思ったことは無いんですよ。

――あれ?(笑)

Akimo 

 やろうとしたんじゃなくて、気づいたら歩荷してたんですよ。 以前お話しましたけど(※第1回記事内容)、僕は大学時代、森林の調査がしたくて、なおかつ山登りもしたかったので、当然フィールドワーク主体の研究テーマを設定してたんです。 信州大学は中央アルプスに研究用の調査地を持ってるんですけど、その調査地を使って研究を行うために、必要な調査施設や仮小屋みたいなものをいくつも設営したりするんです。 そのための建材とか、あるいは研究そのものに必要な道具なり、とにかく荷物をたくさん上げなきゃいけないので、50キロ前後の荷物を何度も登山口から担ぎ上げていた。 もちろん一人じゃなく、研究チームみんなでです。 先輩や研究員の先生たちもみんな山の人なんで、めちゃくちゃ強くてたくさん担げるし、メンバーの中には山岳部やワンゲルの部員とかもいて。

 で、アルプスの山中とかに試験地を持っている大学って少ないんで、日本中の大学とか研究機関が調査地を借りに来るんですよ。 その際、調査員だけが派遣されてきて、あとは信州大学の学生を荷物運びやフィールドワーカーとして雇って調査するって事が度々あるんです。 そういうのを僕もお金をもらってやってたんです、学生の頃から。それが、僕が気づいたら「仕事」としてやっていた歩荷の始めですね。

――なるほど、じゃあ歩荷って職業があるんだって知ったのは、後になってからなんだ。

Akimo 

 後からですね。後から色々調べて、どうやら山には歩荷という仕事というか、文化が脈々とあるのを知りました。 新田次郎の『強力伝』とかが有名ですけど、白馬大雪渓で伝説的な活躍をした歩荷がいた、とか。 あと、現代のクライマーと呼ばれる人たちの中にも、冬の富士山の測候所に歩荷をすることで生計の一部にしている人がいたって話もあって。 山の中で、自分のすごく原始的な能力を使って収入を得ている人たちがいるってことにグッと来たんですよ。

――歩荷になりたいじゃなくて、山をやっていく上で自然と歩荷もしていたって流れは、山になりたいAkimoさんらしいですね。

Akimo 

 実は当初から思ってたことがあって。 始めの頃は鍛えられてないんで、重い荷物を持ち上げるのは大変なんですよ。 普段登山する時の荷物なんて多くて20キロ前後じゃないですか。なのにいきなり40~50キロ背負うってかなり重いですよね?  で、もちろんそれが嫌だ、苦行だっていう雰囲気の人もいるにはいたんですけど、でも僕は、なんかこう……たまらない感じがしたんですよね。

――たまらない感じ……!?(笑)

Akimo 

 まず荷物を積むだけ積むじゃないですか。たとえば単管パイプとかハンマーとか、土を土嚢袋にいっぱい詰めたやつとか。 それを持ち上げようとすると容易には立ち上がれない。で、とりあえず座った状態でザックを身体にはめて、なんとか転ばないように立つ。 立てた。で、立つのに精一杯だったのに、本当に歩けるのかという疑問が出てくるんですけど、歩くと意外と歩けるってことにまずビックリして。 筋力もそんなに無い頃に、その量の荷物を背負って自分が歩けるってのが、単純に嬉しかったんですよね。 そして一歩一歩進めば、足が折れるでもなくなんとか登っていける。「え、人間すげえ!」みたいな(笑)。

――はぇ~。

Akimo 

 で、周囲を見ると、重い荷物を持つことが憂鬱でしょうがないって顔の人もいるんですけど、山岳部の強い人とか歩荷慣れしてる山の戦士たちは、なんかニヤニヤしてるんですよ(笑)。「俺もっと持てますよ」とか「俺の背負ってる荷物の方が重い」とか言いながら。 さらに、自主的に何往復も進んで運ぶ人とかもいて。僕は歩くだけで精一杯なのに、ニヤニヤしながらもっと持ちたがってる人がいる。 で、僕もなんか、そっち側に行きたいって気持ちになったんですよね。 なんだかんだ僕も、最初に背負った段階から「歩ける!」って感動でニヤニヤしてたんで、このまま強くなれば、彼らのように「もっと背負いたい」ってニヤニヤできるようになる気はしてました。

歩荷をするAkimo氏。
どれだけ重い荷物を背負っていようと、
それ自体が楽しいかのごとく、
彼はいつもニヤニヤしている。



プロフェッショナルな
仕事としての「歩荷」

――今は仕事として歩荷を請け負っていると思うんですが、具体的にどんな種類の依頼が多いんですか?

Akimo 

 大きく分けると、テレビ番組の撮影サポート、森林調査、あと土木建設などですね。 とある離島の火山の頂上まで登山道を作った仕事があったんですが、そこでも僕が担当していた主な作業は歩荷でした。 登山道を敷設するための資材が大量に必要で、丸太とかボルトとか、それを延々と登山口から運び続けてました。 全体の比重としては今のところテレビの撮影サポートが一番多いですね。

――撮影「サポート」ってことは、荷物を運ぶだけじゃないんです?

Akimo 

 ええ。「山の人」として誘いを受けて撮影のサポートをするんで。 もちろん山の撮影をするスタッフさんたちも山のプロではあるんですが、そこにあえて山の仕事だけの人をサポート隊として呼んでくれてるので、それなりのマネジメント的な信頼をおいてもらっていると勝手に思ってるんですよね。 なので、メインはもちろん荷物を運ぶことなんですけど、その撮影がうまくいくように色んな事で力になれたらなって気持ちでやってます。

――撮影の歩荷で呼ばれる人はみんなそんな?

Akimo 

 いやー、たぶんこれは僕の気持ちの問題ですね。 もしかしたら依頼してくれてる人は単純に歩荷できればそれでいいのかもしれないですけど。 依頼の形も、純粋に歩荷として呼ばれる時と、山岳コーディネートというか、撮影スタッフとして呼ばれる時といろいろあるんですけど。 やる側の気持ちも人それぞれかもしれないです。 ただ、僕の尊敬している先輩とか、一緒に組んでよくやる同僚とかは、とにかく撮影が上手くいくように力を出そうというスタンスですね。

――運ぶものによって、運びやすい、運びにくいとかってあるんです?

Akimo 

 めちゃくちゃあります。たとえば長い物とか折っちゃいけないもの。 開けた登山道ならいいんですけど、時には藪を漕がなきゃいけなかったり、雪山だったりするわけで、物の形状ってのはすごい影響を受けます。 今までで特に大変だったのは、避雷針とか、撮影のための発泡スチロールで作られた模型とか……あと、高価な精密機器。 8Kカメラとか物凄く高価なので気をもみました。 チームみんなで経験やノウハウ、知恵を出し合って、壊さず安全に運べるよう工夫しています。

――なるほど、重さを耐えて歩くだけじゃないんですね。

Akimo 

 むしろ耐えて歩くだけの事なんてほとんど無いです(笑)。 場合にもよるんですけど、パッキングから歩荷がやることが多いです。 撮影サポートとかだと山行途中で頻繁に荷物を使うんで、よく使うものは取り出しやすいところにパッキングして欲しいとか、これはぶつけたらダメなものだから緩衝材で巻いてから入れようだとか、雨が降りそうだから全部防水しようとか、そういうのは相談しながら僕らがやります。

――本当に総合サポート職なんだ。

Akimo 

 ええ。しかも運べば終わりじゃなくて、撮影計画を聞いておいて、撮影が進んでいくにつれて次はこれを使うとか、逐次使うものを取り出しやすい状態に維持して構えておく。 カメラの換えのバッテリーがザックの一番奥とかにあったりしたら最悪ですからね。 山でパッキングをバラして精密機械をそのへんに置くわけにはいかないんで、そこらへんを相談しながら対応していく。 チームワークもかなり大事です。 同じ撮影隊の中でもカメラマンにつく歩荷は機動力と対応力重視ですし、先に撮影のベース基地を作る隊とかは、先行して荷物を持てるだけ持って行くとか、動きが全然違います。

 純粋に重い建築資材とか岩石とか運ぶ場合は、体力と、あと重心コントロールですよね。 どのあたりに荷物の重心を持ってくれば安全にたくさん運べるのかとかを経験的に考えておいて、それでパッキングするとか。

秘技「ガッシャー寝かせ」を発動中のAkimo氏。
ただでさえ大量の荷物が入る超大型ザック
「ガッシャーブルム(パイネ)」を、横に寝かせた状態で背負子に載せるという荒業だ。

――歩荷の仕事をする中で面白かった・心に残ったエピソードとかってありますか?

Akimo 

 尾瀬(おぜ)歩荷の人たちと一緒に仕事をさせてもらえたときは最高でした。もう夢のような機会で、色々と質問しちゃいました。

――尾瀬歩荷、有名ですよね。

Akimo 

 尾瀬では歩荷の若い人たちが旗揚げした「日本青年歩荷隊」ってのがあって、組織立って世の中の歩荷の需要に応えようとする動きがあるんですよ!  これがまず面白い。あと尾瀬の人たちって一人で百キロ以上を運んだりしてて。

 僕、いまだに百キロ担ぐって凄いなって思うんですよ。 で、運び方が面白い。 まず一人一個、身体にあった背負子(しょいこ)を尾瀬の地域の大工さんに作ってもらってて、それを更に身体が痛くないようにタオルを巻いたりとかスポンジを噛ませたりしてフィッティングしている状態の「マイ背負子」があるんですよ。 専用機が。 あと、普通の歩荷って荷物を背負うと腰から上に荷物がある状態なんですけど、尾瀬の人は肩甲骨のちょっと下くらい、子供をおんぶするくらいの高さから上に荷物を積んでいて。

――え、それってだいぶ重心上になりません? 百キロを……?

Akimo 

 百キロを。 すると、荷物は頭の上の方でちょっと揺れるような状況なんですよ。 ここからは僕の推測なんですけど、頭の上に壺を乗せて水とかを運んでいる国の方とかいるじゃないですか。 その人らと同じような感じで、自分の身体の軸の上に荷物を積むんで、重力としては身体の真下、地面の方に体幹を通して重さが逃げるというか、身体が後ろ側に引っ張られなくて済むんですよね。 たぶん尾瀬歩荷の人らって体幹がめちゃくちゃ強いんだと思うんですけど、体幹で耐えることによって最高の効率で荷重を地面に逃がせてて、その結果コンスタントに百キロ持てる。 昔の米俵とか百キロぐらい運んでた女性の写真とか尾瀬の資料館にあったんですけど、見るとやはり肩甲骨の上の方に重心があるように見えるんですよね。

――Akimoさんは、専用背負子作らないんですか?(笑)

Akimo 

 ほしいですけど(笑)。でもあれは尾瀬の伝統なんで、僕が尾瀬歩荷にならないと作れないと思います。


歩荷が楽しいのは、
重い荷物を背負うことが
「快感」だから

――歩荷の仕事って楽しいですか?

Akimo 

 めちゃくちゃ楽しいです。

――それは、荷物を持つことそのものが? それとも、歩荷をする上で多職種の人たちと関わったりすることが?

Akimo 

 どっちもあるんですけど、でも純粋に山で重い荷物を持つこと自体が楽しいんだと思います。 何も持たずに山を歩いてる状態って自由じゃないですか。 その状態で山を見たり感じたりすることって、すごく開放されててもちろん楽しいと思うんですけど、それが50キロ背負った状態で同じように感じていられるかっていうと、重さに耐えることに精一杯でなかなか最初はそうはいかないと思うんですよね。 でも続けてるとだんだん、それまで何も持たずにいた時のような感覚で歩いたりできるようになっていくんですよ。 その感じがすごく面白い。 これは山をやる上での一番の基礎になっていると思います。 負荷がかかった状態で山にいられて、楽しめるってことは、より山に迫っているような、山との距離が近づいているような感じがするんですよね。

――つまり、歩荷をして、たくさん背負えるようになっていると、余裕が生まれたり行動の選択肢が増えるってことです?

Akimo 

 そう、ですね。歩荷をやっておくことは全ての山の活動においてプラスになる。 んん……でもこの話だと、体力つけておけばもっと山行けるよねって話になっちゃうんですけど、僕が歩荷が好きな理由は、もっと別のところにあると思うんですよね……どうなんだろ。 なんかこう、重たいものを担ぐことによって、僕らって、山に……「押さえつけられている」わけじゃないですか。

――(おっ、何か始まったぞ)……続けて?

Akimo 

 山があって、その上に自分がいて、背負ってる荷物が重ければ重いほど、山に押し付けられる力が強いわけじゃないですか。 たぶんその状態で自分が、山頂なり山の目的地に向かって、山にこすりつけられながら前進していくって感覚が、なんて言ったらいいのかな……さっきからこれしか言ってないんですけど、たまらない感じがするんですよね(笑)。

 変な話だとは思うんですけど、荷物が重ければ重いほどグッと来るし……荷物が重いってことはその山で自分がやろうとしている事に必要な物資が多いわけで、つまり、自分がやろうとしている事が質量……重さという具体的な圧力として自分にのしかかって来ていて、それに自分が半ば潰されるような感じで山にこすりつけられている感覚が、ダイレクトに足に、肉体に訴えかけてくるんですよ。 で、それを自分の力でやるっていうのが、満足感が得られる。

――えー……ちょっと待ってください、噛み砕くから。
 ええと、この例えが正しいかどうかは分からないんだけど、僕の頭に浮かんだイメージって、「山に線を引く鉛筆があったとして、軽い力で線を引くと、芯はあまりすり減らないけど、薄くて細い線しか引けない。 けど、上からグッと押し込んで線を引くと、太くて濃い線が引ける……みたいな感じなんですけど、これって合ってます?

Akimo 

 そう、まさにそれです! 僕はその線が太ければ太いほど快感が得られるんです!

――まじか(爆笑)。

Akimo 

 歩荷は、その線の太さがストレートに感じられるんですよ。 他の仕事でもたぶん同じように山に引いた線の太さとか満足感みたいなのはあるんですけど、歩荷はとにかく、荷物の重さと歩いた距離でわかりやすく明確にそれが感じられる。 そこで面白いのは、歩荷の人たちってある程度背負えるようになると、ニヤニヤしてもっと持ちたがるようになるんですよ。 たぶん皆、歩荷をしててグッとくるラインの重さがあって、それは「歩荷力」が高まってくると、そのラインの重さも増えていくんですよね。 だから歩荷が好きな人らは、余計に荷物を持ちたがるようになるんじゃないかな(笑)。

――すごい……。昨今のウルトラライト志向(荷物の軽量化志向)とは真逆の考えを、「必要性」じゃなくて「快感」で語ってる。

Akimo 

 あ、でもそれすごく重要で、常に僕は必要性じゃなくて快感を重視してるんです。 必要性だけを重視すると、必要じゃない行為、たとえば人に頼んだほうが楽だとか、目的を達成するためだったら合理的な選択肢が他にあるとかになると、その行為は排斥されていっちゃう。 でもその行為が快感だった場合はやる理由があるじゃないですか。だから僕は歩荷をやりたいんです。 なぜなら僕は歩荷に快感を感じているんで(笑)。 他の仕事もそうです。僕の全ての仕事って、その行為を通して僕がキモチイイからやってるんですよね(笑)


歩荷の延長線上にある
彼の「夢」

――日本では歩荷って言いますけど、海外でも「ポーター」ってあるじゃないですか。ヒマラヤとかが代表的ですけど。

Akimo 

 僕、ヒマラヤでポーターをやることに憧れがあるんですよ。 北アルプスの北部とかで仕事をしていると、ネパールの方とかとよく出会うんですけど、彼らはむこうでガイドだったりポーターだったりをやってる人がいて、よく話を聞いたりします。
 ヒマラヤ山脈って、世界中の人らの憧れの山だったりするわけじゃないですか。 そこへの登山はもしかしたら、一生に一度の夢の山行かもしれない。 もしくは世界的な偉業を成し遂げようとしているのかもしれない。 そんな登山をサポートする重要な役割としてポーターがある。 要は誰かの夢を叶えるために荷物を運んでいるわけですよ。 もちろん、ポーターを生業にしている理由は人それぞれ違うだろうし、そこには国の経済的な格差などの理由も絶対あると思います。 どれだけの人がその仕事にやりがいや楽しみを見出しているかとか、僕は全然知らないし勝手な事は言えないんですけれど、だからこそ、誰かが山で叶えたいことがあって、そのための舞台になっているヒマラヤでポーターをしているって、どんな感じなんだろうっていうのにすごく興味があって、その環境の中に入って実際に仕事を共にしてみたい。 いつかやらせてもらえる機会がないか、探りを入れたりして虎視眈々と狙っています。

記事をシェアする


Mt.Akimoの
山になりたい

記事一覧と今後のテーマ予定

And More...